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2005/01/26 掲載 「地震、その時僕は……−生徒の安全意識して授業−朝日新聞秋田版朝刊」

18日に、1年生のあるクラスで、阪神・淡路大震災のことを話しました。 

10年前の1月17日、僕は大学進学を目指す高校3年生でした。午前5時ごろに目覚めました。15、16の両日に大学入試センター試験を受け、16日分の試験解答が掲載された朝刊の到着を心待ちにしていました。そして、その朝刊を見て、センター試験の自己採点をしたのを覚えています。 

 その日以来、連日マスメディアが被災地の様子や、全国から支援の輪が被災地に集う様子を伝えました。そのとき、僕は志望校の山形大教育学部合格に向けて、受験勉強をしていました。同世代の人たちが被災地に駆けつける姿に刺激を受け、何もしない自分が小さな人間に感じました。僕は阪神・淡路大震災から、人と人とが助け合う素晴らしさを学びました。 

 昨年、新潟県中越地震やスマトラ沖地震が起きました。自然災害に対して、僕は特別な危機意識があります。「授業中に、地震や火事などの自然災害が起こったら、どのような対応ができるのだろうか」と常に考えています。 

 教師は学校にいる生徒の命を守ることが責務です。障害者教員の僕も生徒の命を守る責任があります。僕の災害時のハンディキャップは、10センチ以上の段差を一人で越えることができないことです。平面上の移動は可能ですが、階段を下りて移動することは一人では不可能です。視覚・聴覚機能には障害はありません。災害が起こった場合、視覚と聴覚で事態を把握して、生徒を落ち着かせ、避難経路を的確に指示することはできます。 

 僕の災害時の対応は、「どこで授業をしているのか」で変わってきます。 

 1階の教室は平面移動なので、生徒全員を無事に避難させる自信があります。2、3階の教室で授業している場合、避難経路に沿って階段までは生徒を誘導できます。そこから、生徒に「無言で速やかに階段を下り、指示した避難経路に沿って避難しなさい。グラウンドに着いたら、先生方に『三戸先生はここにいる』と伝えなさい」と指示をします。この階段を使うすべての生徒の安全を確認して、別の先生が僕の助けに来るのを待ちます。 

 「先生、一緒に下りよう」と言う生徒もいると思います。一緒に下りる生徒が危なくなるので、「必ず、他の先生と避難するから」と生徒を安心させたうえで僕は断るつもりです。 

 今年度、主に授業が3階の教室であるため、いつもこのような覚悟で授業し、同僚の先生方と同じように教師としての責任を果たそうとしています。災害時にどう行動するか、常に生徒の命を最優先にして、状況に応じて判断することが最重要と考えています。 

 文科省が設置した「学校施設のバリアフリー化等に関する調査研究協力者会議」は昨年3月、調査研究報告書をまとめました。この報告書には「障害のある児童生徒らが安全かつ円滑に学校生活を送ることができるように配慮」「安全で移動しやすい避難経路の確保」「災害時の応急避難場所となることを考慮」などと項目があります。また、報告書には「バリアフリー化された学校施設は障害者に対する理解を深める学習効果が期待できる…」などとも書いています。この報告書はインターネット上で読むことができます。 

 ここで考えると、現在の秋田西中で一番の移動弱者は僕です。すると、僕が責任を持って生徒を避難場所に誘導できるようにすることこそ、この報告書の具現化につながるのではないだろうか。このように思う僕は、自分勝手なのだろうか。実際、ほとんどの公共施設にエレベーターが設置しています。 

 学校は未来を語る場所であり、次世代を担う人間を育てる場所です。学校施設のバリアフリー化が遅れています。



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