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メンタルフレンド (1999.1.6)

 今日の始業式、2人の子どもがきた。前回の2学期終業式に11人の子どもが参加したことを考えれば、何となく心寂しい。原因はいろいろとあるのだろう。始業式に来賓として来て下さった校長先生が仰っていたように、一般の小・中学校がまだ始まっていないのに、なんでそれよりも適応指導教室のほうが早く始まるのだろうという疑問を抱いて、今日の学習センターに来なかったかもしれない。あるいは雪が積もり、外が寒いのでという理由で来なかったかもしれない。今日、学習センターに来なかった子ども、一人ひとりに理由があるはず。 

 

 これから、今日の始業式を通して、考えたことを書いていきたい。それは学習センターに通ってくる子どもたちにとって、学習センターはどんな位置付けになっているのかということ。僕もF.Sとして、学習センターに通っているが、学習センターの先生たちはどんな小さいことでも、しっかりと受け止めてくれる先生たちと感じる。だから、子どもたちにとって、学習センターは自分を出せる場だと思う。心を開いていける場だと思う。よって、子どもたちにとって、居心地が良い場ではないかと考える。休み開けといえば、先生や友達に久しぶりに会うのが楽しみなのではないか。今まで、不登校の子どもたちのことを通っていた学校、あるいは学級の中で、自分の居場所を見つけることができずに不登校になったと認識していた。だから、どこでもいいから、自分の居場所が見つけることができたのなら、彼らは救われると思っていた。学習センターが彼らにとっての居場所になり得るのではないのだろうか。それならば、今日、もう少し始業式に参加するのではないか。そもそも、始業式のフインキが嫌なのか。等々。 

 

 改めて、彼らの心は複雑だと思った。



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